FC2ブログ

2019-04

玉葱らくだ

筆立

観桜の次は間髪を入れずに竹の子を掘らねば
ならない。この子は成長が速いからね。地面
から顔を出したら、すぐに取らなくっちゃ。

ちょーさんが今年も連絡をくれたんでね。豊
浜産のワカメなど海産物を手土産に、竹林の
整備。1時間で10本ほど掘ってきたよ。

筍は鮮度が命だからね。すぐに配る。しゅー
ちゃんに電話すると、なんと彼も掘ったばか
りだって。

塩釜さんには、らくだ舎まで取りに来てもら
ったよ。タケノコを差し上げたら、骨酒のも
とって、釣ったイワナをもらっちゃった。

鎮守の杜さんにも差し上げたよ。彼の方はね。
うちの畑で獲れたんだって、玉葱を頂いたよ。
物々交換の世の中みたい。

丸々とはち切れそうな新たまでね。見るから
に美味しそう。薄く切った生のオニオンスラ
イスは、鮪のフレーク缶によく合うよ。

大須の串カツの店「とんとん」の隠れた名物
がね。玉葱の串揚げ。青花さんにオススメし
たら、タマネギが好物のようですねだって。

確かにね。らくだ舎のマネジャーは天ぷらを
揚げるとき、必ずタマネギを入れるよ。山菜
に浮気しても、たまちゃんに戻るからね。

らくだが作るパエリアは、玉ねぎのみじん切
りをたっぷり使う。カレーでは櫛形にカット
したのを甘味が出るまで炒めるよ。

そうだ、そのカレーに竹の子も放り込んでみ
よう。イワナの骨酒と合わせれば、物々交換
ディナーが楽しめるよ。


  犬棒に昭和平成蝿生る

                 風待らくだ

梨花らくだ

コゲラ

東谷山フルーツパークでは枝垂れ桜のほか、
梨の花が咲いていたよ。華やかさはないけど
ね。清楚な白い花が好ましい。

梨園の棚に水平に咲くからね。春の光を返し
て、水面のさざ波が煌めいているようだよ。
遠くから眺めると、特にきれいだね。

岡崎へ車を走らせると、梨の花を楽しむこと
が出来るよ。安城ナシの産地を突っ切って行
くからね。田舎道のいいところだね。

『枕草子』三十七段では散々だね。梨の花は
つまらない花とされているので身近に置いた
りしませんなんて書いてあるんだよ。

魅力に欠ける女性の顔など見て、たとえに引
くのももっともなことだって。清少納言の美
意識には引っ掛からなかったみたい。

その代わり漢詩は引用しているね。白楽天の
「梨花一枝、春、雨を帯びたり」。楊貴妃が
玄宗皇帝の使者に会って涙を落した顔の形容。

花はとにかく実の嫌いな人はいないだろうね。
果汁たっぷりの梨は、暑い時のフルーツとし
て西瓜と両横綱だよね。

梨には色んな品種があるけど、らくだが好き
なのは長十郎。昔はよく食べたけどね。今は
まるでお目に掛からない。

甘い果汁が売りの豊水とか幸水が主流だから
ね。長十郎は諦めていたんだけど、フルーツ
パークの梨園にはあるかもしれないよ。

春は梨花を堪能したから夏の終わりに、もう
一度フルーツパークへ行ってみよう。岡崎の
叔父さん夫婦を誘ってね。

  新時代容れぬ余生の春炬燵

                風待らくだ

長十郎らくだ →


梨花らくだ »

花伝らくだ2

ミニチュアカー

先週の土曜午後、花見をしたよ。集合した地
下鉄の自由が丘駅を出ると雨催い。スーパー
で酒肴の買物を済ませると降り出しちゃった。

躊躇せず傘をさして茶屋ヶ坂公園へ。下見し
てくれた青花さんによるとね。四阿はあるけ
ど隙間のある屋根で雨宿り向きじゃない。

本降りになってきたのに誰も逡巡せずにね。
坂道を下っていく。公園の入り口は丘の上に
あり、入ってすぐ小さな展望台があったよ。

その下に一坪ほど濡れないスペース。敷物に
4人固まって、いざ開宴。風上側は降り込む
けど、傘は畳めるからね。

幸い近くに山桜が1本あり、キジバトが散歩
をしたり、目白の群れが渡っていく。公園全
体を貸し切った豪勢な宴会。

一度だけ公園の外を選挙カーが過ぎたほかは
犬に散歩をさせる近所の人が通っただけ。雨
の音と鳥の鳴き声がするばかり。

この酔狂に参加できなかった気の毒な咲坐さ
んに写メールを送ったよ。「君らは偉い!
風邪引かないでね」だって。

ビールは買ってこなくて正解だったね。日本
酒で人心地ついたところでトンマッコルさん
が、やおら歌仙用紙を取り出したよ。

諦めの悪い人だけどね。鹿児島土産というキ
ビナゴ(の燻製?)が美味しかったからね。
こちらもメモ用紙を配ったりしちゃったよ。

もちろん歌仙は最後まで巻けたわけじゃない。
第二会場の居酒屋で続けてもね。後はメール
なんだ。いま小紅さんが苦吟中。

明日は岡崎から叔父夫妻を招いて東谷山フル
ーツパーク。五分咲きの枝垂れ桜を楽しむこ
とのなってるよ。


  万愚節三十一年大笑い

                 風待らくだ


江戸らくだ

オオバン

豊臣秀吉の朱印状が刈谷で見つかったんだっ
て。熊本藩主の加藤清正に朝鮮出兵を命じた
もの。大きな朱印が鮮やか。

文禄の役、慶長の役、1592年から秀吉が死ぬ
1598年まで、二度も海外侵略の戦争を仕掛け
たんだね。無謀と言うか井の中の蛙と言うか。

ために日本の国庫が空になったのが江戸時代
を規定した…。そのように田中優子氏が講演
で指摘していたのを思い出したよ。

演題は「江戸から学ぶ、グローバルな生き方
とは」。3月初めに伏見ライフプラザ5階の
ホールで拝聴したよ。

秀吉が戦争で金を使い果たしたんでね。家康
は外国と戦争しない、小さな政府を作った。
それが鎖国状態を作り出し、江戸時代の枠組
みになった。そんな主旨だったよ。

国内では循環型の社会が出来てね。江戸の繁
栄、町人の文化が生み出されたんだ。歌舞伎、
浮世絵、俳諧。その様々なバリエーション。

それらを江戸の人たちは貪欲に楽しんだ。一
つだけじゃなく幾つもサークルに入ってね。
衆、座、講、結、連。結びつきは多用だって。

この辺り、田中優子さんの江戸文化研究者と
しての真骨頂でね。常に農民、漁民、町人の
生活から掬い上げるんだよ。

面白いのはサークルごとに別の名前を名乗っ
ていたこと。酒屋の三河屋さんが義太夫を呻
る時は葵太夫とかね。

士農工商の厳しい身分社会の中でも、別人に
なって遊んでいたんだろうね。現在、小生も
風待らくだになりきって遊んでいるからね。


  落椿水俣の海埋め尽くす

                  風待らくだ

花伝らくだ

書斎

始まりは10年以上も前のことでね。トンマッ
コルさんによれば白鳥公園だったという。揃
いの唐子茶碗で花見酒を汲んだのは。

御用水跡街園は翌年だったか。らくだが以前
に住んでいた近くを選んだんだよ。木の根元
で雨宿りしなが花の宴。

庄内緑地公園には2008年に行ったよ。寒かっ
たんでね。地下鉄で丸の内まで戻って、行き
つけの居酒屋「くどう」に逃げ込んだっけ。

翌年は隼人池。くどうのママが花見膳の重箱
を持たせてくれたはずだけどね。まだ桜が咲
いていなくて、やはり「くどう」へ。

東日本大震災の年は笠寺公園。打ち上げは、
トンマッコルさんが案内してくれた「だるま
や」。庭付きの風情のある居酒屋だったね。

花見をしながら酔っ払い歌仙を巻くようにな
ったはいつ頃からだったか。どうせ誰も覚え
ていないのにね。

2年続けて東谷山フルーツパーク。高蔵寺の
赤ちょうちんで歌仙を巻いたんだけどね。店
の名前さえ覚えちゃいない、2年続けてね。

名古屋能楽堂の年は大須の「お馬の親子」。
長久手古戦場の後はね。本郷の「くまちゃん」
に久し振りで行った。流行っていてひと安心。

名城公園は2回行ってるはずでね。以前は蕎麦
の「谷屋」に回った。3年前は大曽根の「丸銀」
でね。喪主をつとめてから5日目の花見酒。

中村公園は最多8人。賑町の「天徳」でかなり
真面目に歌仙を巻いたよ。去年は高蔵寺の気噴
公園から駅前の「竹山」へまわり前後不覚。

さて今年はどこになるかな。小紅さんと青花さ
んが現地情報を収集中。歌仙会場も探さなけれ
ば…。


  限界の南海トラフ地虫出づ

                   風待らくだ


«  | ホーム |  »

プロフィール

風待らくだ

Author:風待らくだ
海のらくだと言われるダウ船は、三角帆に風をいっぱい受けてアラビア海を渡ります。
らくだは港で良い風が吹いてくるのを待っているところです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
酒 (23)
花 (16)
芸 (35)
休 (25)
足 (31)
技 (33)
食 (42)
本 (30)
字 (7)
館 (22)
昔 (23)
鳥 (4)
音 (8)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR